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ツバキ(椿)やサザンカ(山茶花)や茶は同じカメリア属の植物で
ツバキは学名をカメリアジャポニカいい、その名の示すごとく日本原産の植物です。

サザンカも学名をカメリアサザンカいい、やはり日本原産の植物です。

ツバキは春早く花が咲くが、サザンカは秋に咲く。

ツバキの花は匂いがないがサザンカは匂いのあるものがある。

ツバキの花は一般にポトリと落ちるがサザンカの花は散る。

椿の種子から取れる椿油は、我が国特産油の一つで主に伊豆諸島から九州各県に産し
「かたしの油」などと呼ばれています。

椿油が歴史に残るようになったのは、今から約1200年前平安時代の初期に
食用、灯用、化粧用、不老不死の薬として珍重されていました。

630年から894年にかけて唐の国に遣唐使が送られていましたが
その使節が唐への贈り物として、我が国の代表的な特産物である椿油を献上品にしていました。

尚大陸原産の菜種油や胡麻油が我が国で一般化したのは、安土桃山時代のことであるそうです。
中国では元の時代に山茶(つばき)が栽培され、油脂の資源として使われるようになったそうです。

五島列島は昔からヤブ椿の自生が多く、食用の椿油が作られていました。
長崎県では、昭和30年まで椿油の生産量は全国生産量のほぼ半分を占めていました。
昭和29年の椿油の生産量は、長崎県全体で57000リットルで
その内約70%を五島で占めていました。
その頃五島から大量に出荷されていた椿油のほとんどが薬品の原料だったそうです。

現在では東京(伊豆大島)につぎ全国第2位(全国比17%)の生産量と成っています。
長崎県はかって日本一の生産量を誇っていた時代もあり
椿林は五島列島で320ヘクタール程度の資源がありました。

またほとんどの集落ごとに小さな製油所があり
農家の人達は椿の実を収穫して油と交換していました。
その頃の椿油の搾油は人力から機械へと移り変わった時でもありました。
人力で搾油する頃の製油所では椿の実を粉砕する人や油を搾る人などで五六人はいたそうです。

五島椿は全国的にも有名で1966年に県の花木に指定されています。
五島での椿の実の収穫は昔から彼岸十日前と言われて
その頃に椿の実を収穫すると実が良く熟していて油分を多く含んでいます。

収穫した椿の実は、皮が開くまで三日から五日間位天日で乾燥させます。
皮が開いたら中の黒い実を取り出して、さらに天気の良い日に三日から五日間位天日で乾燥します。

乾燥の程度が悪いと搾油した時の油の出る量に影響があります。
尚収穫した椿の実は、乾燥させないでほって置くと少しずつ色が変わり
長い期間に及ぶと腐ってきます。
ですから収穫した椿の実はできるだけ早く乾燥して
油にするまでの間は湿気のないところに保管します。

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